家族葬の始まり(歴史)
2017.04.26

並ぶお墓一般の弔問客を呼ばず、家族やごく近しい間柄の人間のみで葬儀を執り行う、家族葬というものが年代として、いつごろから始まったのかは定かではありません。日本の葬儀は古くより、見送る者が多いほど故人にとっては喜ばしいことである、といった考え方を根本としており、それは現在の世であっても日本人の奥深くに根付いています。今でこそ人を呼ばぬ粛々とした式も、葬儀の一つの形であると世間的に捉えられるようになりましたが、かつての日本ではれっきとした異端であり、大体的に主張できるものではなかったのです。
しかし近親者だけで故人を弔う、密葬の概念は過去の時代から存在しており、後日に改めて本葬が行われるとしても、家族葬の感覚は先人も持ち得ていたものとわかります。何十人何百人という人が弔問する、大きな規模の葬儀もある中で、直接火葬の形も数多く葬儀の歴史には残されていますから、元来現代よりずっとその振り幅が大きかったことは確かです。
長く歴史の見えない所に沈み続けてきた小規模葬儀のスタイルが、家族葬と名前をもって人々の前に浮上するようになったのは、1990年代を過ぎたごく最近のことです。核家族化に少子化といった問題を、暮らしの近くで感じられるようになって、日本人の葬儀への認識は変貌を遂げました。お金と手間をかける葬儀は、現在人の生き方には合わないと、声を上げて発言することが許され始めたのです。
21世紀を歩む今では、家族葬は選択肢の一つとして、人の生活を支えています。葬儀のマニュアルにも、当たり前のように家族のみの葬儀のプランは示されており、家族葬パックや家族葬割引など銘打たれた葬儀社の新たなサービスは、広い世代からの注目を集める試みです。
一方で浸透し始めて間もない考えだけに、定義は未だ曖昧な状態にあり、家族葬の名称だけが一人歩きした結果、様々な誤解や個々の理解のズレを引き起こす事態となりました。家族葬はお金がかからない、というのもそんな間違った理解の一端です。葬儀の規模を小さくすることが、必ずしも節約になるとは限りません。
家族葬の定義を確立させ、正しい認知を世間に広める活動を、葬儀サービスは推進しています。経費削減や時間短縮のためのものではなく、故人との最後の時間をゆっくりと過ごすためのシステムだと、多くの人の中に家族葬の意味が正しく浸透するようになれば、家族葬を取り巻く環境もかわるでしょう。今後もっと強く求められるようになる家族葬の本来の立ち位置を、我々は知らなければなりません。

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